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Que sera sera



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          なるようになるさ
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by cheshire335 | 2005-07-10 12:07 |



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突然の雨に降られるのが嫌で、365日、折りたたみ傘を持ち歩いていた時期があった。
それが役に立ったことなどありもしないのに、意固地なまでに持ち歩いた。

なぜそこまで頑ななのかといえば、遡ること十数年前、たった一度だけ出先で雨に降られ
それはもう景気よく芯までずぶ濡れになった・・・ただそれだけのことが原因なのだ。

一度きりの不運を延々と引き摺る私は、神経質なまでに用心深い。
というより、相当に執念深い。


そんな私もいつ頃からか、
「 これは明らかに降らないだろう 」 と思える日には傘を置いて出かけられるようになったものの
ずぶ濡れになって途方に暮れる自分を想像しては、一日中そわそわと落ち着けずにいる有り様。

こんな些細なことに囚われているとは・・・
少々、いや、かなり情けないぞ!と我がことながら思う。


ある雨の日。
ふと窓の外を眺めたら、結構な降りの中、ひらひらと紋白蝶が飛んでいた。
打ち付ける雨をものともせず、あの繊細な羽根でぐんぐんと力強く飛んでゆく。

なんだかちょっと、感動した。

そして “ じぶん ” の小ささに、なんだかちょっと凹んだ・・・
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by cheshire335 | 2005-07-09 13:10 | 蟹の呟き

視線 4



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    雨 が く る よ
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by cheshire335 | 2005-07-09 13:06 |

休息



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いつか  どこか  とおく
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by cheshire335 | 2005-07-08 11:56 | 蟹のハサミ

蝸牛



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“ 梅雨 ” といえば、必ずと言っていいほど 紫陽花とセット で描かれるカタツムリだが、
都会のカタツムリはブロック塀に張り付いている。
なんと、ブロック塀を齧って足りないカルシウムを補っているというのだからいじらしい。


カタツムリには、ちょっとした思い入れがある。
いや、正確には “ 罪悪感 ” だろうか・・・


昔々、黄色い帽子を被った小学一年生のとき。

雨の季節だった。
学校帰りだった。
雨は止んでいたが道はしっとり濡れていて、あちこちに水たまりができていた。

通学路の途中に、生け垣で囲われた小さな空き地があった。
朝からの雨が上がった、そんな日には、生け垣にたくさんのカタツムリが姿を現した。

「 今日はたくさんいるかもね 」
近所に住む同級生の友達とふたり、カタツムリを楽しみに帰り道を急いだ。

目当ての空き地の前は、舗装された道路。
その辺りで制服姿の中学生が2、3人、何やら騒いでいるのが見えた。
ただならぬ様子に、そろそろと歩を進めると・・・

彼らは楽しそうに、道に “ 何か ” を投げつけていた。
“ それ ” が硬いアスファルトの上で潰れ、砕け散るのを笑って見ていた。

道の上には、十数匹の、瀕死のカタツムリ・・・

私たちは、ただじっと、それを見ていた、動きもせずに。
「 なんだよ、文句あんのかよ!」
中学生にすごまれても、止めることも逃げることもできなかった。

私たちの様子に白けたらしい中学生たちは、足早にその場を立ち去った。
カタツムリは道の上でぐったりと、だけどまだ弱々しく動いていた。
このままでは誰かに踏まれてしまう・・・私たちはカタツムリを、生け垣の下へと運んだ。

まだ息があるものを埋めてしまうのは忍びなく、私たちはそのままそこを後にした。
そして私は二度と、その空き地に近寄らなかった。


それから数年後、私が小学校在学中にその空き地には家が建ち、生け垣は姿を消した。
周辺の様子も変わってしまい、今ではあの空き地がどのあたりだったのかも思い出せない。

それだけ時が経っても、いまだにカタツムリにだけは 「 優しくしなくては!」 と思う。
あの時、助けられなかった 罪滅ぼし をしなくてはならない、と思う。
からからに乾いて、今にも誰かに踏まれそうな場所に転がっていたなら、
拾い上げて紫陽花の葉に・・・いやいや、ブロック塀に乗せてやらなくては、と思う。




人生を通してひとつぐらい、惜しげもなく偽善者になってみたっていいだろう?
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by cheshire335 | 2005-07-08 11:53 | 蟹の呟き

視線 3



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偽りなんて  まるで意味がない
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by cheshire335 | 2005-07-08 11:49 |

紫陽花



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花、というものに、実のところあまり興味がない。
切り花はすぐにしおれてしまうからつまらないし、植木はすぐに “ 枯らして ” しまう・・・
花に関わることを 「 才能 」 とするならば、私にはそれが皆無であるらしい。

だけど、桜と紫陽花は別だ。
こんなに心惹かれるものはない。
どうしようもなく 花音痴 な私にさえも、季節を感じさせてくれる。

いつ咲くか、まだ咲かぬかと、散々ヤキモキさせられたかと思うと、
一気に咲いて一気に散る・・・それを 桜の醍醐味 とするならば、
紫陽花の醍醐味は “ 経過 ” を楽しめることだろう。

一雨ごとにうっすらと色づく様に、うっとりわくわくどきどきする。
そういえば紫陽花の花言葉は 「 移り気 」 だったか・・・
そしてまた、私の誕生花でもある。
皮肉にも (?)


季節を知らせる花でありながら、なぜか紫陽花は息が長い。
秋やら冬やらに咲いているのを見かけて ぎょっ!? とすることもしばしば。

実際、わたしの記憶の中にある 紫陽花の思い出 も時期はずれなものだ。
あれは、夏のおわり。


子どもの頃、友達の家で遊んだ帰り、彼女のお母さんが庭の紫陽花を一枝切ってくれた。
「 土に挿しておいたら根付くかも 」
そう言われて持ち帰ったものの、我が家はマンション住まい。
それでも一縷の望みを託し、いちばん大きな植木鉢に枝を挿した。

数日後、植木鉢の置いてあるベランダに、一匹の蝉が墜ちてきた。
夏のおわり、地上に墜ちた蝉の多くは二度と飛び立つことがない。
我が家のベランダに墜ちた蝉も例外ではなく、仰向けになったまま時折もがくばかり。
それを見て、子ども心に 「 ああ、これはもうダメだ・・・」 と感じた私は、
とにかく “ 木 ” に留まらせてやろう! と思ったのだ、なぜか。

そのとき “ 木 ” の役割をしてくれたのが、土に挿したばかりの紫陽花だったのだ。
ぐったりと横たわる(?)蝉を拾い上げ ( そういえばあの頃は虫に触れたのだなあ・・・ )
まあ、地面に転がってるよりはマシでしょうよ? などと語りかけながら、
紫陽花の枝に体を近付けると・・・しがみついたのだ、しっかりと。
そしてそのままじっとしていた、三日間くらい。

ある朝、蝉は紫陽花の根元に ぽとっ と落ちていた。
私はそのまま、紫陽花の根元に蝉を埋めた。


某小説では、桜の根元に死体が埋まっているらしいが、
私のイメージでは桜より紫陽花、そして死体は蝉の亡骸なのである。
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by cheshire335 | 2005-07-07 11:28 | 蟹の呟き



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どこへでも行ける

困惑するぐらい どこへでも
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by cheshire335 | 2005-07-07 11:19 | 蟹のハサミ

紅色一点



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きみにあげよう
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by cheshire335 | 2005-07-06 11:47 | 蟹のハサミ

視線 2



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強くあり続けること。
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by cheshire335 | 2005-07-06 10:58 |